「死んでいった君へ、、、。」

「あの時、死んでいたらいいのか今でも分からない。ただ今生きているのは、君を想う人を存在させるだけかもしれない」

6、束の間の幸せ、永遠と思えた日々

僕とルカは一緒にいるときは精神的に健康だった。これは恋愛の高揚感が根付いている「鬱」の症状を隠しているのであろう。そして、帰ってきて1人になるとまた調子が悪くなる。僕はその気分をブログで吐き出す。


9月3日12時30分
「最近、ダメです。
時間を持て余していて、希死念慮強いし。
クスリなんて眠剤あれば寝られるから、眠剤しか飲んでない。
クスリを飲んだってACには効かない。
たんまり残るクスリはODする気もないんで捨てています。
税金でクスリもらって来て、捨てているのは、
じいちゃんが年金もらっていて、警察にスピード違反でつかまって
金払うのと矛盾しますか?
とにかく、虚しい。
刹那的に切って、犯罪起こして、死んでいきたいけど、
しない僕はバカなんだ。
病院に行って治るのと、死ぬのとどっちが先かなんて、
考えたりするけど、治す気も起きないのに、
色んな人を巻き込んでいる。
覚醒剤で捕まった芸能人と、子どもを車に乗せてパチンコしている母親と、
僕の思考に違いがどこにあるのか、とか考えたりしても無駄なんで。
ACにクスリは効かないんだよって、主治医は学んだのだろうか?
意味も無く、薬を出す。
僕が欲しいのは、眠剤ロキソニンだけでいいんだ。
だる。死にたい。」


すると、ルカのパソコンからメールが来る。
9月3日14時05分。fromルカ
「タカちゃん、こんな思考のときは何を言ってもダメだよね。
私も同じだから、無理に励まさないね。
ODしないだけ偉いよ。
私はしちゃうもん。
ACはね、どうしようもないよ。誰のせいでもない。
タカちゃんは悪くない。
正直言うと、私も1人になるとダメなんだ。
でも焦っちゃダメだよ。
鬱はじっくり、ACやボーダーも年を重ねていって、
30代後半くらいから少しずつ良くなるんだって。
本に書いていたよ。
明日、家においでよ。
おいしいチャーハン作ってあげる。^^」


また違う日には、
9月6日2時10分
「ただいま午前2時でございます。
何やら昨日は疲れたようで、早めに夕食を取り、6時過ぎには、
寝ていたよう。
眠剤なしで。
2時起きるのは早いなぁ、と思っていたら眠剤なければ、
朝までは無理ですよね。
でも今飲んだんですけど、朝方寝て昼に起きる、
ということになってしまうのではないかと思う。
まぁいいか。
なんだかさ、最近前よりも死にたいって思うことが多いな。
折れた心はなかなか元に戻らない。
今も死にたくなった。
長くは生きられないんだろうな。
死ぬとしたら、クスリかな。
切りたいし、クスリはきちんと飲めてない。
処方された半分も飲んでいない。
どうせ効かないし、副作用が多いし。
寝るか。」


9月6日7時43分 fromルカ
「私もさ、死にたいよ。
でも、死んだらお父さんやお母さんが悲しむから生きているだけ。
自分のために生きているんじゃないっていうのが悩み。
死ぬなら私もクスリだね。
タカちゃんみたく深く切れないし。
学校も退学しようかなって思っている。
行っていても教師になれないし、教育実習なんて考えただけで
怖い。
どうしようもないよね、将来。
何も無いなら、生きているほうが怖い。
でもね。
私、タカちゃんを守るよ。
だから、タカちゃんも私を守ってね。
そうしたら生きられるんじゃないかって
勝手に思っている。
嫌に思ったらごめんね。
タカちゃんがぐっすり眠れていますように。^^」


9月10日、北海道の夏は短い。お盆を過ぎると、もう涼しくなってくる。そんなある日、僕はルカの声が聞きたくて電話をした。そしてルカの異常さがすぐに分かった。
「どのくらい飲んだの?」
電話口で呂律が回らない君に聞いた。
「うーん……300くらい、かな……。」気まずそうに君が言った。
300錠!?
僕は驚いて車の鍵を取った。
「今から行くから!カギ開けといて!」
僕はその時、自宅で親友のトモヤと一緒に、テレビゲームをしていた。トモヤにルカが大変な状態であることを告げると、それぞれの車2台でルカのアパートまで飛ばした。雨が降っていたが道は空いていて、僕は法定速度を遥かに上回るスピードを出していた。1時間ほどでアパートに着き、トモヤは「先に行っていて!」と車で何処かに行った。

僕がルカの部屋の前に着くと、ドアを開けルカを探した。ルカの部屋は入ってすぐ左にキッチン、右にトイレとお風呂、一部屋ある奥にセミダブルのベッドがあり、ルカはベッドで布団に包まって寝ていた。
「ルカ?大丈夫?」
僕は、ルカの頬を軽く叩いて起こした。
「……う、うん。大丈夫。……眠い。」ルカは、少し目を開けて答えた。良かった。無事だった。ODをたまにする僕にも、300錠はかなり驚く量だった。僕が部屋を見渡すと、丁寧に並べられた青と黄色の2つのゴミ箱の中に、薬の袋を見つけた。袋は燃えるゴミ、クスリのシートは燃えないゴミに捨てられていた。OD をしてまでも君の性格が伺われた。
サイレースレンドルミンリスミー……。眠剤がほとんどだった。薬の量は膨大だったが、意識がはっきりと失ってはいなく、眠気がすごいと言う事でとりあえず大丈夫そうだ。むしろ、意識が消失していないことに驚いた。ゴミ箱を見ると300錠は無さそうだった。あっても100錠くらいだろう。僕は胸をなでおろした。本当に300錠も飲んでいたら、電話になんか出られない。その時、トモヤが部屋のチャイムを鳴らした。
「どうだ?大丈夫か?これ買ってきた。」
「何?」
「生理食塩水。これ飲ませた方がいいよ。」
そういって袋を僕に渡した。
「そうか。ありがとう。」
トモヤは僕よりも遥かに気が利いていた。
僕が台所にコップを取りに行くと、流し台に十数本のタバコを吸った灰皿があった。相当苛ついていたんだな、と思った。僕はタバコを吸っていた彼女に安易に止めさせようとしていたことが彼女を追い詰めることになっていたのではなかったのかと思い、止めさせた自分が情けなかった。
「ルカ?」僕とトモヤは、ルカの方に行った。青白い肌をした君が目をつぶっている。
「俺、帰るわ。」トモヤはそう行って玄関に行った。
「ああ、悪かったな。これありがとう。」そういうと、友達に手を振った。
僕は「ルカ、これ飲んで。」と言って、コップに生理食塩水を入れると彼女に飲ませようとした。
「眠い。」そう言うと君は口を閉じた。どうしても眠いようだ。当然だ、あれだけの薬飲んだのだから。明日になったら病院に連れて行こう、そう思って僕は飲ませるのを諦めた。
僕は泊まるつもりは無かったので、眠剤を持ってきていなかった。でも、このまま帰るわけには行かない。

僕は彼女の布団に入ってみたが、当然眠れるわけは無く諦めて、電気を消した部屋でテレビを見た。6畳半の部屋にはベッドとパソコン、テレビ、CDラジカセ、本棚があった。
パソコンの横には花瓶にオレンジの花が飾ってあった。以前見たことがある。金木犀(きんもくせい)の花だ。やっぱり女の子だな、とルカの可愛らしい一面を見て思った。本棚を見てみると、教育関係の本、鬱やアダルトチルドレン境界性パーソナリティ障害の本が多数を占めていた。ルカもまた田中先生にACだと言われたのだろう。ぺらぺらと斜め読みをして、テレビの下にCDケースがあるのを見つけた。山崎まさよしスガシカオのCDが多い。僕はミスチルをよく聞くので、これらの歌を聴いたことはあまり無かった。音楽の趣味は、どうやら違うようだった。
一番端にDVDが1枚あった。「17歳のカルテ」。確か以前に少し見たような気がする。僕はルカの邪魔にならないように音量を小さくして再生させた。「スザンナ」という主人公の女性が大量服薬で自殺未遂をし、入院して、そこの病棟の中でいろんな人に出会い、葛藤していく。僕は途中で具合が悪くなった。ODした時の嫌な記憶が蘇ってきた。あまりにも自分に共鳴する。頭が痛い。僕はDVDを見るのを止めて、テレビドラマを見た。ルカもこのDVDを見て、共感したのだろうか。ふとルカを見ると、不謹慎にも死んでしまったように深い眠りについているように思えた。
その時、僕は不意に君が泣いているところを見たことが無いことに気付いた。笑っている時の天使のような笑顔、そして時に見せる遠い目をした切ない顔。コロコロ変わる表情に泣き顔はなかった。
「頑張りすぎるんだ、ルカは。」そう思って、君が目覚めたときにこの気持ちを忘れていない様に、文字にして残して置いた。
「嶋田ルカ様、お目覚めはいかがですか?たまには泣いてもいいんだよ。僕が彼氏として受け止めるから。それぐらい出来るから。任しておいて!PS.タバコは程々にね。」


そしてある日、一人で家にいる時にこんなブログを書いていた。
9月13日20時21分
「ご飯食べないとおなか減るくせして
腕は切っても痛くない。
自分のことで一つだけ正しいこと。
それは子どもを作らないこと。
いたらまともに育てられない。
多分、ボーダーになる。
ボーダーの子はボーダーだ。
それが分かっていて子ども作るのは
犯罪に近い。
「そんなことはないよ」という人は
きっと幸せな人なんだろう。


9月14日01時12分fromルカ
「残念か分からないけど、私は幸せな人になりたいな。
私もボーダーだよね。
弱いもん。
皆みたく歩けないし、すぐ転んじゃう。
その度ODして……。
でも子ども欲しいな。
この前いっぱいODしちゃったから眠剤無くて
あんまり寝られないの。
教育大行ったのも、小学校の先生になりたかったから。
私、一人っ子だから、タカちゃんが羨ましい。
こんな私でも、子ども生んだらボーダーになるのかな?
少し、寂しいな。
治りたいな。」


僕は家では常に黒い闇、虚無感に襲われていた。それでも9月の中旬になろうとしていた頃、二人は幸福と思える日々を過ごしていた。
学校も仕事も無い僕は車で1時間半くらいかかる道を、週2くらいでルカのところに通っていた。ルカがODをしたときも、連絡しないで急にルカのアパートに行った時もきれいな部屋を見て、それは僕が来るから片付けたのではなく、心から綺麗好きだったのに気付かされた。
「ねぇ、買い物に行きたい!」と昼食を食べた後に、ルカが急かす様に僕を外に誘った。
地下鉄で札幌駅まで行った。ルカは東京にいたのにも関わらず札幌の街に詳しく、僕の手を取ってそそくさと僕を引っ張っていった。
「これ買おう?」と僕に言ったのは、若者の集まるデパートの8 階にあるシルバーを売っているお店だった。
「指輪?」僕が聞くと、
「うん。」と君は嬉しそうに言った。
そういえば彼女は年頃の女の子とは違い、指輪もマニュキアもピアスもしていない。それどころか、おそらく化粧もしていない感じだった。でもその姿は健康的で、とても魅力的に見えた。
そして僕は、彼女が食後に薬を飲んだのを見たことが無かった。僕は朝昼夕と薬を飲み、寝るときには眠剤を飲んでいる。彼女は薬を処方されていないのではなく、貯め込んでいたのだ。僕はそのことに気付くのが遅すぎた。僕はお金をあまり持ってきていなかったので、またにしようと言おうとしたが、周りを見てみると500円から1200円位の安いものばかりだったので安心した。
店内は、授業を終えた女子高校生ばかりで混雑していた。黄色い声でとてもにぎやかで、通路を通るのが大変だった。
居心地が悪く、「僕、これでいいや。」と適当に選ぶと
「これはだめ。ひ弱すぎる。」と言って、幅が1センチくらいある頑丈そうな指輪を取った。
「タカちゃんのはこれ。これをください。」と言って千円を出した。
「はいプレゼント。」と言って、左手の僕の薬指にはめようとした。
「ええ?つけるの?」と指輪なんてしたことの無い僕は最初は嫌がったが、彼女を喜ばせたくて(仕様が無く)つけた。こんな安いものでも喜ぶ君を見て、僕は改めて愛おしさというものを感じていた。
「ルカはどれがいいの?」と聞くと、
「ねぇ、これがいい。」と女の子らしい繊細な指輪を見せて言った。
「いいね。きっと似合うよ。」と僕が言うと、僕は800円のリングを買ってルカにプレゼントし左手の薬指にはめた。ルカはペアリングが欲しかったのだ。日常でも鬱状態であることの多い僕がこんな感情を持てた事は、彼女のおかげだった。
帰る途中、喫茶店により、コーヒーとショートケーキを食べた。ルカが連れてきてくれたお店で、味に申し分は無く、ルカは何度も指輪を見てニコニコしていた。本当にうれしそうだ。
「小銭いっぱいあるから僕が払うよ。」と言って、財布から小銭をテーブルの上に出した。
「全部でいくら?」と僕が聞くと、
「1400円。」とルカは即答した。さすがは家庭教師をするだけはある。計算が速い。僕が会計を済ませに行くと「1400円です。」と言われた。正解!ルカは頭がいい。教育大学に受かるような頭は、僕の作られた「点数の取れる人」とは違っていた。こんな簡単な計算でさえ、僕は時間がかかる。
リングを買って帰る間、手をつなぎながらルカが言った。
「なんだか病気治ったみたいだね。毎日楽しいもん。このまま「鬱」無くならないかなぁ。」
と言って、楽しそうに前を向いていた。まるでこれから先の未来を見据えた目だ。
「大丈夫だよ。多分このまま治っていくんだよ。」と僕はルカに言い、僕達はルカのアパートに戻った。雨上がりの街はキラキラ光っていた。ルカには言わなかったが、気分の調子のふり幅が極端なのは2人とも家庭に問題があって、田中先生の言うと通りACで、ルカもACなのだろうと思った。でも、その時はそんなことはどうでもよかった。それほど幸せだった。
「ルカ、ルカのお願い聞いてあげたんだから僕のお願いも聞いてよ。写真撮ろう。二人の写真。僕はルカの写真が欲しいな。」ルカは、うんと頷いて笑った。ルカも欲しいようだ。
しかしその笑顔を見られるのもあと半月程だった。幸せなんてそんなに長続きはしないものなのだろうか?もし戻れるものなら僕はこの時に戻ってルカを離しはしなかった。


9月14日20時8分
今日の昼間は楽しかったな。
彼女とペアリングを買ってしまった。(照)
でも、楽しかったのはここまで。
今日はちょっとハードだった。
疲れた。
シニタイ。
車の不具合で父に電話した時、
「今どこにいるんだ?」
「札幌の北区。」
「なんでそんなところにいるんだ!!」
と怒鳴られました。
怒鳴られる意味が分からない。
父は自分のミスには甘いくせに、人には厳しい。
普通に社会で適応できる人間ってこういう習性なの?
僕はボーダーだよ。
親にまでこき下ろされたら、死ぬしかないじゃない。
切ればいいの?
ODすれば許されるの?
もういいよ。
何も食べない。
餓死するんだ。
僕がやせ細っても、父は気付かない。
死ねばいいの?


9月14日22時12分。fromルカ
「タカちゃん、車故障しちゃったの?
大丈夫?
ごめんね。うちに来るのに乗っていたんだもんね。
お父さん、怒らせちゃってごめんなさい。
切る気持ちも、
ODする気持ちもわかるから。
出来ればしないで、ね。
車の修理代、半分出します。
でも、昼間楽しかったって言ってもらえて、
うれしかった。
タカちゃんの写真、大事に飾っています。^^」


9月も20日になり、僕とルカは札幌から石狩までドライブをしていた。
「ルカ、免許持っているの?」
「持ってないよ。」
「取らないの?」
「うーん、取る。でもうちの親が心配すると思う。事故ったら親、飛んでくるよ。だから運転させてもらえないと思う。」
「じゃあ、初心者マークの僕の車に乗っているのもダメなんじゃないかい?」
「それはいいよ。でも片方だけ助かるのはいやだね。ぶつかる時は思いっきりぶつかってよ。」おいおいっ!そんなことを話しながら僕達は紺のコルサで窓を半分開けて走っていた。
秋の匂いがする。もう秋なんだ。でも秋だというのに、太陽はどこまでも高く、裏山を上がったあの夏を思い出した。秋と夏の狭間の貴重な時間を、僕と君は一生懸命に生きていた。すると海が見えた。
「タカちゃん、海だよ!海!」
「当たり前だよ、石狩なんだから。函館なんて海に囲まれているじゃん。」
「二人で見るから意味があるんだよ!」ルカは窓から顔を出した。
「すっごーい!!」ルカは窓から顔を出していった。」
「危ないって!」
「タカちゃんなんか叫んで!」
「何叫ぶんだよ。」
「わかんない!でもなんか叫びたい気分!気持ちいいー!」水面は太陽の光でキラキラに輝いている。僕は窓を少し閉めて、ルカの顔を車の中に戻した。
「今日はサイコーに気分いい!」
「ルカ、病気どっかに飛んでいったね。」
「うん、飛んでいった。」ルカはうーん!と体を伸ばした。
「これからどこ行く?」ルカは僕の顔を見た。
「ぐるっと回って帰る。」
「えー帰るのぉ?」ルカは残念そうだ。
「じゃあどこ行くの?」
「小樽!」
「却下!道がわからないよ。行っても帰ってこられない。」
「じゃあ、今度道の予習して小樽行こうよ。ガラス館行きたい!」
「僕は裕次郎記念館行くよ。」
「おっさーん!」と言ってルカは笑った。2人でいるとこんな気分になれる。最高だ!!
「タカちゃん、この気持ち、忘れたらだめだよ!人生悪いことばっかりじゃないんだよ!」
ルカは僕のブログに対しては、メールでしかコメントしない。会っているときを存分に楽しんでいた。そして僕達は予定通り、石狩辺りをぐるっと回って帰った。


9月26日19時44分
「僕の治療は、ティッシュを丸めて傷口に当て、
リストバンドで固定するだけです。
なので、血が止まりません。
縫うのは死んでも嫌なので縫いません。
今まで2回縫いましたが、良いことありません。
血が止まらない間は切らないで済む。
止まったら、また切るでしょう」


9月26日21時08分fromルカ
「タカちゃん、切っちゃいましたか?
何かありましたか?
何かあったら私が話し聞くよ。
いつでも電話してね。
待っています。^^」